オーストリア:ウィーン、ザルツブルグ
スイス:チューリッヒ
13日間
| [配当学年] | 1~3年次 |
| [定 員] | 20名(最少催行人数15名) |
| [滞在方法] | ホテル滞在(2人部屋) |
![芸術文化海外研修[オランダ・オーストリア・スイス]](2008/11_12.jpg)
研修概要
[テーマ]
ヨーロッパの芸術文化と
歴史の探求
オランダ・オーストリア・スイスの4都市(アムステルダム、ウィーン、ザルツブルグ、チューリッヒ)を訪れ、各都市の美術館や博物館でヨーロッパの絵画・音楽・建築・彫刻などの芸術作品を鑑賞するとともに偉大な音楽家を育んだ文化を学ぶことにより、優れた芸術作品が生れた風土や背景を知り、芸術文化に対する知識と教養を高めます。
学習計画
オランダの芸術文化
アムステルダムを訪れ、16世紀北方ルネッサンスの代表画家であるブリューゲルをはじめ、17世紀オランダの黄金時代に活躍したレンブラントやフェルメール、ルーベンス、19世紀の後期印象派画家であるゴッホなどのオランダ絵画を代表する画家の作品に触れます。日常や自然の情景をありのままに描いたオランダ絵画やスケッチ、版画、建築、装飾画などの鑑賞を通して、幅広い芸術文化の歴史と発展を学習します。
国立博物館(レンブラント「夜警」「ユダヤの花嫁」、フェルメール「牛乳を注ぐ女」「手紙を読む女」、ハルス「陽気な酒飲み」、ヤン・ステーン他15~19世紀のオランダ絵画、中世~17世紀の彫刻工芸、オランダ史)、ヴィンセント・ファン・ゴッホ国立美術館(「ひまわり」「馬鈴薯を食べる人々」「自画像」他約700点のゴッホの作品、ゴーギャン、ロートレック、ベルナール等)、マウリッツハイス美術館(フェルメール「真珠の耳飾りの少女」、レンブラント、ヤン・ステーン等)
オーストリアの芸術文化
音楽の都ウィーンとモーツァルトの生誕の地ザルツブルグを訪れ、ハプスブルク帝国の下で発展した音楽、絵画、建築などの芸術文化を学びます。主にモーツァルトやベートーベン、ヨハン・シュトラウス、シューベルトなどの偉大な音楽家の軌跡をたどり、数々の名曲が生み出された背景を探るとともに、歴史あるコンサートホールで本格的な室内楽や交響楽を鑑賞し、本場の音楽に触れます。また、クリムトなどオーストリアを代表する芸術作品を鑑賞します。
ベートーベン夏の家(交響曲第6番「田園」)、エロイカハウス(ベートーベン交響曲第3番「英雄」)、パスクヴァラティハウス(ベートーベン交響曲4番、5番、7番)、モーツァルトハウス(「フィガロの結婚」)、ベルヴェデーレ宮殿内美術館(クリムト「接吻」「ユディット」、シーレ、ココシュカ等)、美術史美術館(ブリューゲル「農民の婚礼」、ルーベンス「毛皮の女」等)、分離派会館(クリムト「ベートーベン・フリーズ」)等
スイスの芸術文化
スイスでは、チューリッヒとその近郊にある町、ヴィンタートゥーアを訪れます。観光国として知られるスイスは豊かな文化国家でもあり、これら両市の美術館にも17~19世紀にヨーロッパで活躍した多々の著名な芸術家の作品が集められています。この研修では、一般には知られていない資産家が収集した美術・芸術作品の貴重な個人コレクションに触れスイスの文化的資産を探求し、芸術文化の発展の経緯を探ります。
ビュールレ美術館(ルノアール「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」、マネ「つばめ」、ドガ「コンコルド広場」等)、チューリッヒ美術館(ジャコメッティ、ホドラー、ベックリン等のスイス近代絵画他)、ヴィンタートゥーア美術館 (ジャコメッティ、ホドラー、モネ、ゴッホ、ピカソ等)、レーマーホルツ美術館(レンブラント、マネ、ルノアール、セザンヌ等)
※博物館、美術館の展示の都合により、訪問時に目的の絵画等が鑑賞できないこともあります。
成績評価・単位認定
事前講義への出席状況、海外研修での参加態度、レポート提出などにより総合的に評価し、帰国後に「特定目的海外研修B」として2単位を認定します。
芸術文化海外研修に参加し、一番印象に残っていることは、多くの芸術作品に触れることができたことです。普段教科書や画集などでしか目にすることができないような有名な絵画ばかりあり、実際に絵画との距離も近く、手を伸ばせば届きそうなぐらいでした。写真撮影できる美術館もあり、フェルメールの作品と一緒に写真をとりました。その写真が私の今の一番の宝物になっています。とても充実し、思い出深い研修でした。
「百聞は一見にしかず」の諺通り、芸術の素晴らしさと異文化、建造物の美しさと歴史を肌で感じることができました。経験した全ての感動を伝えることが難しいほどです。洋書、バレエの音楽、宗教画に親しんできた私は、事前学習と現地で先生の説明を受けて、実際に自分の目で見ることにより、一層ヨーロッパ文化に興味を持ちました。私にとって奥深い研修であり、記念の1ページとなりました。さらに学び、再び訪れたく思っています。
ウィーンのカフェ文化
カフェ発祥の地といわれるウィーン。1685年、ウィーンに初めてのカフェが誕生して以来、芸術家、文化人の創作活動の場として、また人々の憩いの場所としての役割を果たしてきました。ウィーンのカフェは、チェスやビリヤードを楽しんだり、コンサートが開かれたりする社交場として現在も人々の生活の一部となっています。本研修では、デーメルなどの伝統的なカフェを訪れ、ウィーンに根付くカフェ文化を体験します。

「音楽の都」で活躍した音楽家の軌跡をたどる
モーツァルト(1756~1791)
Wolfgang Amadeus Mozart
ザルツブルグに生まれたモーツァルトは、3歳で才能を見出され、5歳で初めて作曲をした。25歳からウィーンに住み、全盛期には「フィガロの結婚」や「ドン・ジョバンニ」、モーツァルト3大シンフォニーと呼ばれる交響曲39番、40番、41番などが作曲され、35歳で生涯を終えるまでにオペラや宗教音楽、交響曲、ピアノソナタなど多彩なジャンルの曲を700曲以上も作曲した。
本研修では、モーツァルトの生家やさまざまな曲を生み出したモーツァルトの家を訪ね、その軌跡をたどる。
ベートーベン(1770~1827)
Ludwig van Beethoven
ドイツ生まれのベートーベンは、22歳でウィーンへ移住し、ハイドンに師事していた。28歳の時に難聴に侵され、苦悩の末に「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いている。その後、強い精神力で再度音楽に専心し、「英雄」「運命」「田園」などの交響曲やピアノソナタなどの名曲を多く残した。ベートーベンは生涯にわたり80回以上引っ越しているが、療養のためウィーン郊外のハイリゲンシュタットに移り、豊かな自然の中で創作活動に取り組んだ。メトロノームを初めて使用した音楽家でもある。
ウィーンの宮廷文化を築いたハプスブルク家
13世紀より640年もの間オーストリアを統治したハプスブルク家は、結婚政策により領土を広げ、ハプスブルク帝国を築き繁栄した。一族は芸術を愛好したため、ウィーンには芸術家が集まり、音楽の都となった。
帝国で唯一の女帝であったマリア・テレジアの時代には、ベルサイユ宮殿に匹敵する豪華絢爛なシェーンブルン宮殿を完成させ、全盛期を迎える。マリア・テレジアの娘マリー・アントワネットは、フランス王ルイ16世に嫁ぐまでシェーンブルン宮殿で過ごしている。

