京都ノートルダム女子大学人間文化学科

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人間文化学科

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 本年度は、日本近現代文学の身体表現をテーマに、小説や詩の視覚・聴覚・触覚など感覚的表現について考えてみた。
「地面の底のくらやみに、/うらうら草の茎が萌えそめ、/鼠の巣が萌えそめ、/巣にこんがらがつてゐる、/かずしれぬ髪の毛がふるえ出し、」(「地面の底の病気の顔」)という詩を萩原朔太郎は書いている。ここで朔太郎の感覚は地面の底に潜り込み、陰鬱な風景を見出している。しかもその風景は余所事ではなく、朔太郎自身の心象風景でもある。地面の底に深く沈み蠢くのが朔太郎の身体感覚なのである。
学生諸君は初め、こんな詩に辟易したようだが、読み味わううちにこの地面の深みが、詩作に必要なものだと理解してくれたようである。人は明るい一面だけでは、つるっとした存在になってしまう。表面がきれいなつるつるとした存在として生きるのも、楽しいことには違いない。だがたまには、ずぶずぶとどこまで沈むかわからない底なし沼をのぞき込んでみるのも興味深いのではないだろうか。
もちろん自分自身が底なし沼の中に落ちるのは怖い。望んでそんなことをする必要もないだろう。文学は、作家が我々の代わりに底なし沼の中に落ちた結果生み出されたものだ。おかげで我々は、精神の危機に陥ることなく、文学をとおして底なし沼をのぞき見ることができる。文学はそういう心のシミュレーション(仮想現実)でもある。さほど深刻になることなく見物してみてはいかがだろうか。

(長沼光彦)
 
 
 
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