京都ノートルダム女子大学 大学院人間文化専攻

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論文梗概
 
梅本弘美  「『万葉集』巻十一・二六四二番歌考」 
 

 『万葉集』は、日本最古の歌集として有名である。そして、写本や注釈本は数多く残されている。しかし、『万葉集』の全ての歌の解釈が定まっているとはいえず、現在も新しい解釈が出てきている。本論文では、『万葉集』巻十一の二六四二番歌を考察していく。『万葉集』巻十一の二六四二番とは、次の歌である。

燈之 陰尓蚊蛾欲布 虚蝉之 妹蛾咲状思 面影尓所見
ともしびの かげにかがよふ  うつせみの いもがゑまひし おもかげにみゆ
(小島憲之他編『新編日本古典文学全集』小学館1)
 『校本万葉集』で、本文と訓の異同を見ると、異同はほとんどなかった。一般的な歌の解釈は、「灯火の火影に揺れ動く実際のあの娘の笑顔が今面影に見える。」であるが、注釈書によっては解釈に微妙な違いがあり、もう一度、この歌について、全体的に洗い直してみる必要があるのではないか。
 本論文の第一章では、『万葉集』巻十一の特色と寄物陳思の特徴をまとめた。『万葉集』巻十一の特色は、他の巻にはない、表現の分類がされていることだ。巻十一には、「人麻呂歌集」に収められている寄物陳思歌と「出典不明歌」の寄物陳思歌に分けて収録されている。伊藤博著『萬葉集表現と方法』では、「人麻呂歌集」に収められている歌を「古い歌」とし、「出典不明歌」を「新しい歌」という見解が示されている。これによれば、二六四二番歌は出典不明歌の寄物陳思歌であるので、「新しい歌」ということになる。また、「寄物陳思歌」とは、日常生活の近くにある「物」(媒材)によって恋の「思い」が導き出され、その「物」(媒材)に恋の「思い」を託す歌である。
 次の第二章では、二六四二番歌の先行研究をまとめた。第一節では二六四二番歌の従来の解釈を整理し、第二節では「ともしび」について考察し、二六四二番歌の「ともしび」は野外の照明道具であることを示した。第三節では、「かがよふ」について従来の解釈をまとめたが、一定の解釈を見ることができなかった。第四節では、「うつせみの」について、語義・用法・語誌等をみていった。『万葉集』における「うつせみの」の使用状況をみると、離れ離れになっている、男女関係を背景とした歌が多い。第五節では「ゑまひ」について従来の解釈をまとめていき、「咲状」という漢字から検討してみると、その意は「微笑んだ顔」だと判断した。第六節では『万葉集』における「面影」の使用を検討し、遠く離れていたり、今目の前に居ない人が「面影」になって現れる場合に用いられることを明らかにした。
 第三章では、通説の問題点を検討していき新たな解釈の試みをした。第一節では、従来の解釈では「ともしび」の使用は、作者は、今目の前で「ともしび」を見ているのか、過去に見た「ともしび」なのか明確にはわからなかった。しかし、『万葉集』には内容の似ている歌が並べて収録されている。二六四二番歌の前後の歌を見ると、作者の今目の前にある「物」に対して「思い」を寄せていることがわかる。よって、二六四二番歌の作者は今目の前に「ともしび」があり、歌を詠んでいると判断した。第二節では、従来の「かがよふ」の解釈は、「自ら発光する」のか「光を反射している」のかは定まってはいなかったため、「かがよふ」に使用されている「蛾」の字に注目して考察した。「蛾」に女性の美しさを表す意があることから、「かがよふ」に「蛾」という漢字を当てることにより、「妻」の美しさを表現したという仮説を立てた。また、『万葉集』において、「かがよふ」を使用した歌をみると、「かがよふ」は、「ともしび」に「何か」が照らされ、その「何か」が光を発していると考えられ、二六四二番歌にも適用できる。第三節では、二六四二番歌は第一句・第二句が第三句を飛び超える形で第四句に係っているため、『万葉集』に同類の歌がないか確認したところ、第三句が枕詞や場所を表す言葉の場合に限られている。また、「蝉」について、「蝉鬢」や「燿蝉」の例を挙げ検討し、「蝉」は女性の美しさを表わす場合があると見なした。第四節では、『万葉集』における「面影に見ゆ」の使用状況をみていった。二六四二番歌は目の前の何かに触発されて「面影」が見える場合であることがわかった。 それらを踏まえて、二六四二番歌の全体の解釈をまとめ、二六四二番歌を解釈すると、「ともし火に照らされた蝉の薄い羽を見て、蝉鬢のような美しい妻の笑顔が思い出されるよ。」となる。従来の解釈で最も揺れていた「うつせみの」が、動物の「蝉」と枕詞の「蝉鬢のようなうつくしさ」と二重の意で解し、「蚊蛾欲布」「虚蝉之」と「蛾」と「蝉」を含むことにより、「妻」の美しさをより表現していると考えられる。

 
 
 
 
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