京都ノートルダム女子大学 大学院人間文化専攻

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論文梗概
 
松本朋子  「ルイス・キャロルと夢の国〜時計と鏡に見たもの〜」 
 

 英米では聖書とシェイクスピア作品についで広く読まれ、未だに人気が衰えていない作品とは、ルイス・キャロル(Lewis Carroll)が著した『不思議の国のアリス』(Alice’s Adventures In Wonderland)と『鏡の国のアリス』(Through the Looking-glass And What Alice Found There)である。この作品は世界中で様々な観点から研究されている。本稿では、この二つの『アリス』の主要テーマであり、終生キャロルの作品の中で扱われ続けたテーマである夢について、作品中で頻繁に使われる時計(あるいは時)と鏡から考察するものである。特に彼の最後の作品である『シルヴィーとブルーノ』(Sylvie and Bruno)と『シルヴィーとブルーノ完結編』(Sylvie and Bruno Concluded)で彼の「夢」に対する思いが集大成されていると考えられる為、この作品も『アリス』と比較する上で考察の対象とする。
 本稿では4章にわたって論を展開する。第1章はキャロル文学のテーマである夢を論ずる準備として、ルイス・キャロルの生い立ちと『アリス』が誕生するきっかけとなったアリス・リデルとの出会いを、これまでの様々な研究によって確立されているキャロルをめぐる史実に基づいて整理する。第2章はキャロル自身興味を抱き、『アリス』に頻繁に扱われる時計について論ずる。また、時計は文学作品において夢や死と関わるものであり、その視点を交えて検証する。第3章では『鏡の国のアリス』を中心に頻繁に扱われている鏡や鏡像現象について、時計と同様、夢と死との関わりを言及する。第4章ではそれまでの章を踏まえた『アリス』、『シルヴィーとブルーノ』シリーズ、そしてキャロルの「夢」に関して論じ、最終的な結論へ結び付ける。
 本論の結論は、キャロルは時計や鏡という道具を扱い、『アリス』の夢を描いたと考えるものである。時計は、正確であるべきものであり、時間は守るべきもので、守ることで秩序が守られている。それが、崩壊してしまった場所が『アリス』の夢の世界である。古くから権力を手にする為には、様々な時間の管理が必要と考えられ、『アリス』の中でも多くのキャラクターが時への支配を重視している。逆に、時を管理、支配出来なくなると永久に時は止まってしまい、同じ時を繰り返している。それは、夢の無秩序を表わす一つとなっている。また、鏡も夢の無秩序を表わしている。鏡は古来宗教とも深い関係があり、時には神の象徴としても考えられてきた。鏡は見えるものを映し映されるだけでなく、見えないものも映し映されると考えられてきた。しかしながら、アリスは鏡の見えない部分を覗こうと考えて、鏡の国へと入っていく。そこは、近づけば相手が遠ざかり、記憶は未来から逆に記憶し、1カ所に立ち止まるためには、全力疾走し続けなければならない世界である。
 さらに、キャロルは幼い頃から夢に興味を持ち、『アリス』やその他の彼の作品でも「夢」というテーマを扱い続けた。それは、睡眠時に見る「夢」への関心だけではなく、キャロル自身の複雑な内的欲望も投影されていたと考える。なぜなら、キャロルは、人生は夢に過ぎないのかという疑問を抱いていたからである。主に幼い少女友達は、いつまでも子供ではいてくれず、大人になっていってしまい、彼との友情関係は消えてしまう。その、子供という儚さを永遠に閉じ込めてしまいたかったのか、キャロルは多くの子供を被写体として写真を撮っている。そして、大人になっていく子供を見送るキャロルもまた、老いて死ぬのである。キャロルは、子供が大人になり、人は皆老いて死する、そんな時の流れの無情さを『アリス』の中の夢として描いたのである。

 
 
 
 
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