京都ノートルダム女子大学 大学院人間文化専攻

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論文梗概
 

石本朱律紗
『古今和歌集』122番歌の解釈をめぐって

 

本論文は、『古今和歌集』春歌下に収載されている一二二番歌

題しらず
                         よみ人知らず
春雨ににほへる色もあかなくにかさへなつかし山吹の花
            (古今和歌集・巻二・春歌下・一二二)

についての解釈を試みることを目的としたものである。

まず第一章では、この歌が初句に「春雨に」と「春の雨に」の異同を本文に持つことに注目した。その理由として、異同によって本文の意味が変わるのではないかという事に着目したからである。しかしながら、「春雨」と「春の雨」には歌語としての意味に違いはなく、初句の異文は一二二番歌の意味の解釈を考察する上では、重要な問題ではないことがわかった。

次の第ニ章では、過去の先行研究から遡り現代までどのような解釈がされてきたか、また「やまぶき」が『万葉集』から『八代集』までどのような用いられ方をし、またどのような語彙と詠まれているのかを用例検討することで明らかにすることを試みた。先行研究では、この歌に現れる山吹の芳香性に疑問の声を持つものがほとんどであり、その解釈の中心は「山吹の香りについて」であった。また、用例検討により『古今和歌集』一二二番歌は山吹の花の「美しさ」だけでなく「香」にまで目を向けて詠んだ勅撰和歌集の中でも特異な歌であることがわかった。

続く第三章ではこの一二二番歌に新たな解釈をする事を目的として論じた章である。先行研究の中には山吹の芳香性についてだけではなく、この一二二番歌が「長恨歌」の一節にある「梨花一枝春帶雨」に類似していることに着目したものがあった。しかしながら、それらは深い考察は行われないまま論が展開されておらず、「長恨歌」を引いた思惑は分かりかねる。そこで、その一節より一二二番歌に人事の意味があるかもしれないという仮説が立て「長恨歌」と一二二番歌の関係性、一二二番歌の「配列」、三句「かさへなつかし」の語彙「なつかし」にそれぞれ観点を置いて一二二番歌に人事の意味を見ようと試みたのである。一二二番歌は「長恨歌」と同じように春雨に濡れる山吹を美しい女に喩え、「配列」では後の歌が恋歌であることから恋の盛りの頃を詠み、語彙「なつかし」が人に対して用いられることから、一二二番歌は自然を詠んだ歌ではなく人事、とりわけ男女間で詠まれた歌であると考えることができるのではないだろうかという結論に至ったのである。

 
 
 
 
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