京都ノートルダム女子大学人間文化学科

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御所周辺散策〜芸艸堂

 

 6月11日、梅雨入りを間近に控えつつも、晴天に恵まれる。むしろ初夏を過ぎた暑さを感じたと言っても過言ではないこの日、芸艸堂見学会が「御所を究める」ツアーを経て実施された。
ツアー最初に到着したのは、地下鉄丸太町駅を降りてすぐに位置する、大丸ヴィラである。昭和7年に完成した大丸社主第11代下村正太郎の居宅だ。16世紀に英国で流行したチューダー様式再現している。当日は中への見学ならず、門からその外観を堪能した。そこから烏丸通を北へ進み、もうひとつの外国仕様の建築へ。到着したのは聖アグネス教会。日本に現存する煉瓦造の教会堂の中でもかなり古いものである。ゴシック様式とされているが、日本の震災を考慮し、本来の様式とは違う外観である。
さらに進むと、お次は学問の神・道真公を祭神とする菅原院天満宮神社。今日最初に訪れた神社だ。道真公の生誕の地と言われ、境内には「菅公御初湯の井」なるものがある。とりあえず数多伝わる道真公生誕の地の一つとして認識しておく。続いて向かったのは護王神社で、酒樽が並ぶのがまず視界に入る。祭神の和気清麻呂公命の銅像よりも「足腰御守」に意識が引き寄せられた。それはさておいて、この神社では狛犬ならぬ狛いのししが奉納されており、「いのしし神社」とも呼ばれているのだとか。
さて、このツアーのテーマともなっている京都御所へは護王神社のちょうど斜め向かいに位置する蛤御門より足を踏み入れた。幕末に起きた「蛤御門の変」の場所として有名である。長州軍が攻め入り、激戦となった痕跡が今も見上げる熱い扉に残されている。そこから江戸の頃に公家の行列を見物した京の町人や旅人が歩いたであろう路を辿りながら、御苑を南に行き、宗像神社へ。目的は樹齢600年と推定される楠である。京都では最も高齢の大樹だ。その後閑院宮邸跡へ急ぐ。現在は収納品展示室として利用されている。閉館間際にもかかわらず、大人数での見学を許可していただいた。館内では出土品他、写真、絵図等、京都の現代に到るまでの流れを一見した。また敷地内には創建以来残る庭園があり、大きな池を眺望。江戸時代、御苑には多く公家の邸宅が並んでいたが、閑院宮邸が使用されていたのは明治10年までのことである。一度焼失もしており、明治16年には宮内省支庁として建築、また平成15年から3年かけて全面改修が行われ、現在の姿となっている。
時間が予定よりも押していたので目的地を数か所割愛。我々は御所を出発し、メインイベントである芸艸堂見学会のために寺町通を進む。途中、梶井基次郎の短編小説『檸檬』に登場する果物屋の前を通る。現在は営業を行っておらず、看板だけが残っている。なお、ここまでの道中、京都フィールドワークではお馴染みの岡村敬二教授による熱い解説が特典の如く附属していたのは言うまでもない。ツアー構成ほか、資料等提供に厚く感謝する。
芸艸堂では、まず日本の出版・版本、木版や芸艸堂についての説明をしていただいた。江戸時代、広く好まれた木版の鮮やかな色摺りの魅力を教授。その後、墨摺り体験を行った。小さな可愛らしい動物の絵の木版をはがきに刷る作業だが、墨や糊のさじ加減など、なかなか難しい。また同時進行で、貴重なことにも版木蔵へ入ることができた。神坂雪佳、伊藤若冲、葛飾北斎というような有名な絵師の版木をはじめ、蔵に所狭しと積み上げられるさまには圧倒される。この蔵ひとつで出版史の資料庫とも言えるだろう。だが、芸艸堂としては、これらを繁栄を留め、保存されていくだけの「遺産」とは解釈していない。今もまだ使用していける、生きた「伝統」なのである。材料の入手や、彫師・摺師の後継者がいないことなど、木版本の再版の困難をどのように乗り越えていくのかが課題とのことだ。

(人間文化2回生 近藤謹子・記)
 

 

 
   
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