京都ノートルダム女子大学人間文化学科

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人間文化学科

 

 

京都フィールドワーク

   

京都フィールドワーク "京都で学ぶ・京都を学ぶ"

 
 

上賀茂神社本殿拝観 2006年11月8日

上賀茂神社にて
 上賀茂神社にて
 本学からバスで10分少々、上賀茂神社に到着。5月15日の葵祭では、斎王代の行列がこの場所を目ざして市中を練り歩く。百人一首・藤原家隆の歌で有名な「楢の小川」は「奈良の小川」と思っている人も多いが、当神社の境内を流れる川である。楼門(重要文化財)をくぐって参拝をすませ、特別公開の行われていた本殿も拝観する。神主さんがお祓いをして下さった後、案内をして下さる。国宝の本殿・権殿の凛としたたたずまいは、まことにゆかしく、身も心もひきしまる思いであった。帰途、御神体である神山をかたどったといわれる立て砂を観賞した。雨が降ったときは傘でもかぶせるのかなと心配になるほど、綺麗な円錐形であった。
上賀茂神社の立砂
上賀茂神社の立砂
 
   
   
   
   
   

大田神社のカキツバタを見に行く 2007年5月23日

大田神社のカキツバタ群落
 大田神社のカキツバタ群落
 3回生日本語学ゼミ・図書館学ゼミ合同で、上賀茂神社の摂社である大田神社へハイキングに行った。 バスで上賀茂神社まで行き、上賀茂社家の風流な家並みを通って、大田神社へ。 折しも天然記念物のカキツバタの群落が花時を迎えており(ちょっと盛りを過ぎつつあったが)、その池のほとりで記念撮影。「神山や大田の沢のかきつばた深きたのみは色に見ゆらむ」という藤原俊成の歌碑も示す通り、平安時代から知られた名所である。写真部部長Sさんが、カメラを片手に寝そべったり、かけずりまわったり、教室では見られない多才さを発揮していた。
 
   
   
   
   
   

下鴨神社見学 2007年7月19日

 本学よりバス5分ほどで到着。そこは世界文化遺産「糺の森・下鴨神社」である。鬱蒼たる森の参道を5分ほど歩けば、下鴨神社の楼門に着く。ここに見られる社殿はほとんどが国宝・重要文化財で、この楼門も新しく見えるが江戸時代に造り替えられたものである。門をくぐれば、3本足のカラスのキャラクターがお出迎え、これは、古代神話の神武伝承に出てくる先導役、八咫烏(やたがらす)が、実は賀茂一族の祖、賀茂建角身命であったということに由来する。お参りも早々に、一同境内に陪祀される「相生社」に集合。自生する「連理の木」にちなんで建てられたもの。みなさん、その御利益にあやかろうと、一生懸命拝んでいらっしゃった。その後は、オシャレな源氏物語のおみくじを引いて、吉だ、末吉だと欣喜雀躍することしきり。凶はいらっしゃらなかったのが、何よりの救いでした。
 帰途、元祖として知られる「賀茂みたらし茶屋」に立ち寄り、名物の団子に舌鼓を打った。
 
   
下鴨神社 楼門 源氏物語のおみくじを引く 賀茂みたらし茶屋のみたらし団子
下鴨神社 楼門 源氏物語のおみくじを引く 賀茂みたらし茶屋のみたらし団子
 
   
   
   
   
   

国立文楽劇場で文楽鑑賞 2007年6月23日

国立文楽劇場(大阪日本橋)
 国立文楽劇場(大阪日本橋)
 大阪日本橋の国立文楽劇場へ文楽の鑑賞に出かけた。演目は「御所桜堀川夜討 弁慶上使の段」「仮名手本忠臣蔵 身売りの段 勘平腹切の段」「義経千本桜 道行初音旅」。前二者は切腹などがからむ辛く切ない話である。浄瑠璃の語り手である大夫、それにあわせる三味線引き、人形をあやつる人形遣いと三者が織り成す日本の古典芸能たる文楽は、やはり圧巻である。学生諸君には前もって、ストーリーと各段のテキストをコピーしてわたしておいたが、さて、いかがであったろうか。学生の感想はと言えば、「人形遣いや大夫さんたちの芸には圧倒された」とのこと。
 公演が終わり、道頓堀にでて、織田作之助「夫婦善哉」にも出てくる法善寺横町に。水かけ不動さんにお参りし、お好み焼きを食して解散 。
 
   
   
   
   
   

「古都 鎮魂の道を行く−下御霊神社・瑞泉寺から霊山歴史館まで」 2006年12月10日

下御霊神社
 下御霊神社

 卒業論文で、「鴨川の聖と俗」のテーマを扱った学生をガイドに仕立てて、「古都 鎮魂の道を行く」と題し見学会を企画した 。 参加者は、ゼミ生や以前に授業を受けた学部生の総勢六名。寺町丸太町の御所東南角で待ち合わせをして、寺町通りを下がっていった。
 まず御霊信仰の下御霊神社にお参り(写真)。 続いて西国三十三霊場の革堂(行願寺)、送り鐘の矢田寺、秀吉に殺された秀次妻妾やその子を祀る瑞泉寺へ。(写真)。
 そこから鴨川踊りの先斗町歌舞練場を左手に見ながら先斗町を南下し四条へ。 四条通りに出て目疫地蔵の仲源寺に。

霊山資料館にて 八坂の塔
 霊山資料館にて 八坂の塔
 ここでいつもお参りしているとおっしゃるご婦人に声を掛けられ、しばらく歓談。ご当地の人の話を聞くのも街に出る楽しみのひとつだ。
 さらに南座を経て忠臣蔵で有名な一力茶屋、また祇園の歌舞練場を見ながら、建仁寺に出る。ここは明治五年に開催された第一回京都博覧会の会場でもあった。本日ここは見学しないで鳥辺野入り口の精霊迎え六道珍皇寺に向かう。その後さらに秀吉夫人北政所(ねね)の高台寺を左手に見ながら霊山に向かい、霊山歴史館を見学した。一通り見学をしたあとで新撰組の衣装を借りて土方歳三と共に記念撮影(写真)。夕刻になり、街に繰り出し懇親会とあいなる。
 
   
   
   
   
   

京都府立総合資料館の見学 2006年5月14日

京都府立総合資料館
 京都府立総合資料館
 卒業論文で、鴨川の歴史的な事象や幕末の京都の歴史を取り上げたいという学生がいて、それならば、大学から徒歩10分と至便の京都府立総合資料館(地下鉄北山駅)がよかろうと、資料館見学に出かけた(写真)。
 京都府立総合資料館は、京都関係の資料を中心に、日本歴史・宗教・美術工芸、さらには京都府の官庁刊行物などが実に豊富だ。個人貸出はできないのだが、京都関係資料や歴史資料の調査・学習にあたっては力強い味方ではある。事実、このときいっしょに出かけて卒論を書いた学生の話では、この資料館に通いつめて卒論を書き上げたとの弁であった。
 これ以後、ゼミの学生と一度はかならず出かけるようにしている。
 
   
   
   
   
   

松ヶ崎大黒天 2006年10月25日

 本学の校舎から北を眺めると、五山の送り火「妙法」の「妙」がすぐ近くにせまって見える。この山は西山で、「法」は東山である。東山の麓には京都七福神のひとつ松ヶ崎の大黒天がある。正しくは妙円寺といい、下調べをしたうえでゼミの時間を利用して出かけることにした。この年度はベトナムからの留学生もゼミに参加していたので一緒に出かけた。
 途中、湧泉寺に立ち寄って、江戸時代初期に建てられた檀林(学問所)を見学し、その後松ヶ崎に向かった。まず大黒様にお参りをしてから(写真)、すぐ裏山の東山に登ってみた。今回は、「法」の「」の一番下に当たる地点まで登ったのみであったが、そこからの眺めでも充分市内が一望できて大層気持ちがよかった(写真)。
 学生諸君はと言えば、登る時にはしんどいしんどいと連発しながらも、見晴らしが開けると一転して大喜び、卒業までに送り火の五山を踏破しよう、と意気軒昂ではあった。
 
   
松ヶ崎大黒天 松ヶ崎東山に登る
松ヶ崎大黒天 松ヶ崎東山に登る
 
   
   
   
   
   

寺町古書店ツアー 2005年7月23日

 「現代出版論」の授業で古書の流通について話をしたときに京都の古書店についても少し説明をした。すると講義を聞いていた学生から、ふだんあまり入ることのない古書店に行ってみたいとの声が出されて寺町にでかけることにした。
佐々木竹苞楼(京都寺町通の古書店)店頭にて
 佐々木竹苞楼(京都寺町通の古書店)
 店頭にて

 せっかくのフィールドワークなので、近辺の史蹟もまわることにし、市役所前に集合して、まず京都ホテルオークラ南側の「勧業場」跡へ。 現在は碑だけであるが、明治維新期の殖産興業への尽力に想いをはせながら、高瀬川を北に。高瀬川の船着場である一之船入、高瀬川の源流のある「がんこ高瀬川二条苑」、島津創業記念館を左右に見ながら二条通へ出た。
 そこから寺町通りに出るとそこには梶井基次郎の「檸檬」で有名な果物屋が今もある。その作品の舞台となったとされる書店丸善(実際の舞台になった丸善は別の場所)はこの度閉店になった(写真)。
 さて本命の古書店であるが、今回は三店をめぐった。本能寺前の佐々木竹苞楼(写真)、河原町通のキクオ書店、そして大書堂。われわれ年配の者にとってはおなじみの古書店も学生にとっては敷居の高い店のようで、古書といえば、(これも授業で取り上げているテーマだが)ブックオフなどの新古書店を指しているようだ。今更ながらであるが、京都は、少し歩いてみるとそこには、歴史が豊かに埋め込まれている、と実感した次第である。
 
  勧業場『都の魁』(明治16年刊の複製) 高瀬舟『拾遺都名所図会』(『新修京都叢書』所収) 丸善京都店閉店時の記念スタンプ
  勧業場『都の魁』(明治16年刊の複製) 高瀬舟『拾遺都名所図会』
(『新修京都叢書』所収)
丸善京都店閉店時の記念スタンプ
 
   
   
   
   
   

春の古書大即売会 2007年5月5日

金戒光明寺にて
 金戒光明寺にて
 大学院生からの要望で、毎年ゴールデンウイークに岡崎の都メッセで開催される古書展ツアーを企画した。当日は連休中でもあり、予定が急に入ったとかでキャンセルも出て少人数となったが、その分のんびりと、心ゆくまで古書展で本を探すことができた。
 3時間くらい本をみたあと会場を後にして、黒谷の金戒光明寺に向かう(写真)。ここで手を合わせて、学生は朱印をいただき、わたしは『黒谷に眠る人びと』を購入。
 墓所をぬけ文殊搭を左にとって真如堂に向かう。この真如堂に程近いところに会津藩殉難者の墓地があるのでここでしばらく鳥羽・伏見の戦いの「激動の幕末明治」の京都に想いをめぐらす。ドラマの影響か、近年はお参りする人も増えて献花がたえることがない。
 ここから真如堂へ。さらに宗忠神社、大元宮、吉田神社を経て、京都大学構内の尊攘堂、西部講堂を眺めつつ百万遍からバスで街に出て懇談 。
 
   
   
   
   
   

大文字山の登山 2006年6月24日

 ゼミの学生とともに大文字登山を敢行した。大文字は言うまでもなく五山の送り火として知られ、本学校舎からは南東の方角に眺めることができる。この年のゼミでは、『都名所図会』を読んでいたのだが、登山のまえには他の資料もふくめてもう一度下調べをしたうえで登山におよんだ。
 バスで銀閣寺道に出て、そこから疏水べりを銀閣寺に向かう。この日は銀閣寺の拝観をしないで左手の登山道へ。観光客でにぎわう門前を離れると、もうそこは別世界だ。梅雨の蒸し暑い季節であったが、休憩をとりながら40分ほど登るとようやく視界が開けて、大の字にたどりつく。京都市内が一望できてまことに気分爽快であった(写真)。
 
  大文字山(東山)山頂から京都市内を一望する 大文字送り火『再撰花洛名勝図絵』(本学所蔵)
  大文字山頂から京都市内を一望する 大文字送り火『再撰花洛名勝図絵』(本学所蔵)
 
   
   
   
   
   

2004年11月13日 大阪府立中之島図書館見学

 司書課程の「図書および図書館史」「図書館特論」の受講生に呼びかけて大阪府立中之島図書館見学会をおこなった。中之島図書館は、約百年の歴史と伝統を持ち、古典籍や文書などを所蔵して展覧会・講演会など多彩な活動を展開している。
 まず淀屋橋の緒方洪庵適塾を見学した。ここで塾生たちは、オランダ商館長のヅーフが編纂した蘭和辞書『ヅーフ・ハルマ』を競って利用しながら学びあったという。この適塾見学ののち中之島図書館を訪問した。まず大阪資料・古典籍室をはじめとし、ビジネス支援サービス、書庫などを見せていただき、その後、おりしも開催中の展覧会「引札を中心とした「大和銀文庫展」」のさまざま資料を見学し、学びを深めた(写真)。
大阪府立中之島図書館
大阪府立中之島図書館
 
   
参加した学生の感想  「一般的に捨てられる物であるチラシ(引札)も時間が経つと貴重な資料となり、その時代には文化的・歴史的価値を見いだせない物でも後世に残すことで新しい価値が出てくることを実感した。歴史的価値のある建造物もただ保存するだけでなく活用していくことも大切だと思った」(M.T.)
 
   
   
   
   
   

2007年3月4日 大和路散策

 春麗らかな3月4日、日中文化交流史ゼミと西洋思想ゼミ合同で、奈良へ出かけた。
奈良は「シルクロードの終着点」と称され、中国を経由して、西アジアなど西方の国々の文化や文物が多く伝わってきた都であった。この小旅行はまさに文化交流の跡をたどる旅だった。
 一同はまず薬師寺を訪れた。1300年前に立てられた重厚な木造建築である東塔と20数年前に新築された鮮やかな青色が輝く西塔が境内の東西にそびえ立っていて、私たちを出迎えてくれた。その鮮やかなコントラストが悠久な歴史の流れを語っているように感じさせられた(写真1と2)。
 次に唐招提寺を訪れた。唐招提寺は多くの苦難を乗り越えて日本にやって来た鑑真和尚のゆかりの地であるが、残念ながら、今回は金堂が修繕中ため、唐招提寺の全貌をうかがうことができなかった。
 そして昼休みを挟んで、最後に訪れたのは東大寺であった(写真3)。大仏殿に鎮座している大仏像はもちろん迫力満点であったが、その後ろにある二月堂の舞台から眺める奈良の景色もなかなか立派なものであった(写真4)。ちょうどお水取り祭りの期間中なので、二月堂の石畳を散策すると、竹でできた祭り用の松明があちこちで見かけられ、お祭りの雰囲気が漂っていた(写真5)。お水取りの儀式は1200年以上の歴史もあり、そのルーツは拝火教(ゾロアスター教)にあるとも言われている。
 もしほんとうにそうであれば、これはまさしくシルクロードから伝わってきた文化の一つである。
 
   
薬師寺東塔 薬師寺西塔 東大寺大仏殿
薬師寺東塔 薬師寺西塔 東大寺大仏殿
 
   
二月堂の舞台 二月堂付近  
二月堂の舞台 二月堂付近  
 
   
   
   
   
   

明治初期「京都の産業技術」史跡めぐり 2007年7月26日(木)夕刻

 今期の「専門書購読」(岡村)の授業では、『京都ホテル100年ものがたり』を教材に取り上げた。そして、その本文とともに、当時の博覧会関係の史料なども少しずつ読み進めながら、
島津創業記念館前
 島津創業記念館前
この地にかつて存在していた勧業場・舎密局や博覧会などを素材に、明治初期の京都における殖産興業の道筋を考えた。この授業の終盤には、受講の学生諸君から、授業で取り上げてきた関連施設など史跡をめぐりたいとの要望がだされるにいたった。これらの施設自体はすでにないのだが、ならばその近辺の、いわゆる「京都モダン建築」もあわせて見学しようということになり、夕刻から見学会を開催した。河原町御池の京都ホテルオークラ前で集合し、ホテルの場所にかつてあった勧業場の跡にたたずんで往時をしのんだ。
 それから高瀬川に出て角倉屋敷跡(現「がんこ高瀬川二条苑」)で高瀬川源流を見学、その向かいの島津創業記念資料館前で記念撮影(写真)。その後、寺町通りから芸艸堂・鳩居堂、牛鍋の三嶋亭を経て、三条通りの1928ビル・SACRAビル・中京郵便局・京都文化博物館別館などを眺めながら烏丸へ。ここで一休みしてお茶、さらに新町の懇親会会場へ向かった。
 
   
   
   
   
   

下鴨糺の森「納涼古本まつり」 2007年8月12日

 毎夏恒例の下鴨神社糺の森にて開催の「納涼古本まつり」に院生諸君らと古書あさりに出かけた。古書をみるのは楽しいのだが、古書展は出店数がますます多くなり、回るのがしんどい。
糺の森古書展にて
 糺の森古書展にて
数日前に、わたしの研究室で出品目録を眺めていた院生がみつけてくれた昭和17年開催『満洲国国寶展覧會目録』がまだ書店に並んでいたので迷わず購入。ほかに授業で使えそうな資料を中心にいくつか買った。このように古書を見て回ると、知らなかった資料に出会い、また地図などの複製情報も入手できて勉強になる。それぞれ別々に店を回っていた院生らと4時過ぎに集合して、糺の森をあとにして街に出る。とりあえず出町柳から京阪電車で四条まで。四条通を東に歩いて切通しから白川の巽橋に。この付近のカフェでお茶。夕刻になり卒業したゼミ生と四条烏丸で落ち合って宴とあいなった。 
 
   
   
   
   
   

岩倉実相院 2007年11月26日

糺の森古書展にて
写真部部長Sさんの作品
 地下鉄国際会館駅から岩倉実相院行きのバスに乗る。大学から都合30分ほどであった。
糺の森古書展にて
 岩倉実相院
バスが終始、坂道を上っているように思えた。いわゆる門跡寺院で、狩野派の襖絵や後水尾天皇の「忍」の書など、寺宝の数々を間近に見ることができ、由緒の正しさが知られた。こぢんまりとした寺であったが、紅葉の見事さに一同圧倒されていた。 黒光りする床に庭の紅葉が照り映える「床紅葉」が名高い所であるが、たそがれに近い時間帯であったため、そのめでたさも中くらいであった。写真部部長のSさん、例によって、ロウアングルからの撮影に余念がなかった。 
 
   
   
   
   
   
京都府立植物園 2007年11月26日 
 留学生のための「日本語特講U」の授業で、紅葉狩へ。本学から徒歩10分ほどの府立植物園へ出かけた。折しも紅葉の見頃で、赤・黄・緑のグラデーションに、留学生たちはしきりに歓声をあげていた。ベトナムのDさんによれば、ベトナムには紅葉というものがないそうである。冬のこととて、サザンカを除いては花らしい花はなかったが、職員さんの案内で、赤い時計草を一輪見ることができた。菖蒲池も冬枯れていたが、ほとりに見られるヌマスギの呼吸根に、一同再び歓声をあげたことであった。  
糺の森古書展にて 糺の森古書展にて 糺の森古書展にて
     
 
   
   
   
   
   
伏見稲荷大社2007年8月9日  
 暑さ真っ盛りであったが、国語科教育法夏期補習の打ち上げハイキングで、まだ誰も行ったことがないという伏見稲荷へ参拝することにした。名物の千本鳥居をくぐり、みなさまさぞ大いなる御利益にあずかれるでせう。ちょっと奥に入ると、古く朽ちかけた鳥居や燈籠が多々あり、この神社の信仰の篤さ・古さをうかがわせる。せっかくだから稲荷のお山に上ろうということになり、中腹まで登ったが、熱さと疲労で、ここまで。何せそれまで3泊4日の猛特訓だったのである。展望のよいところで、しばし休息、眺めは抜群で、男山から巨椋、奈良の方まで広く見渡せた。帰途、大きな蛇を発見、すばやく走り去るのをOさんが果敢にも追いかけて行く。シマヘビかと訊くとヤマカガシだと言う。神のお山の神の使いを見たようで、有り難いことであった。  
糺の森古書展にて 糺の森古書展にて
  稲荷山中腹から巨椋方面を望む
 
   
   
   
   
   
 深泥池の散策 2007年10月11日  
 大学から10分ほど歩くと深泥池にでる。この深泥池は歴史も古く、また近世の地図などにも、松ヶ崎村とともにかならず載っている。池には貴重な水生植物が生い茂っていて国の特別天然記念物に指定されてもいる。この道筋は貴船や鞍馬に向かう街道にもあたっており、道の傍らには地蔵堂があったことが『都名所図会』の挿絵からわかる。こうした資料やさらに黒川道祐『雍州府志』および『今昔物語集』の説話を前もって読んだ上で、自転車で現地に向かい、池の周囲も少し巡ってみた。たまたま本学近くの京都府立大学の一行が、池端の木々の落葉の実状を調査しており、この深泥池はいろいろな側面からの研究が可能であると実感した。
深泥池にて
 深泥池にて

 

 
   
 上七軒と北野天満宮探索 2008年1月16日  
 卒論で、京の芸事をとりあげてみたいという学生がいて、本日は上七軒界隈を歩いてみることにした。まず近くの千本釈迦堂に向かう。正式には大報恩寺と号し、おかめの物語や12月の大根焚きで有名な寺である。境内の枝垂れ桜が咲けば、よいたたずまいの本堂に映えてさぞ見事であろうと思われる。そこから一度上七軒の交差点にもどり、「萬春」の前を通り、立ち並ぶお茶屋さんの軒下を歩きながら「北野をどり」の歌舞練場にでる。そこから北野の天神さんはすぐ隣である。お参りをすませてから御土居を見学。まだ梅の開花には間がある寒い時期だったが、梅や桜の開花の季節になると賑わいをみせて、あらためて出かけると楽しいであろうと話しながら、また千本釈迦堂や北野天満宮など寺社の年中行事にあわせて出かけてくるとまたいっそう理解がふかまるであろうと確認して今回の散策を終えたのであった。  
上七軒歌舞練場前 天神さんの御土居
上七軒歌舞練場前 天神さんの御土居
 
 
 
 
 
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