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京都ノートルダム女子大学人間文化学科・人間文化専攻共催

報告 - 公開講演会を終えて

 

「比較古都論」(町のなりたち、人の往来) 平成18年10月7日・21日

 

 

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第一回 講演2「モザイク社会パリ −その知られざる素顔−」  教授 野田 四郎

2006年10月7日(土) 13:30〜16:00

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 パリは、私にとって35年前の1971年から関わりのある街です。1971年〜75年、そして1990〜99年の13年間をそこで暮らしたという意味では、自らの人生の一部を形づくる街とも言えます。7年半ほど前に帰国して以来常々感じていたのは、パリという街について、ガイドブック的で、余りにも紋切り型のイメージが強い反面、そこに住む人々の生活が知られていないということでした。そこで、今回の講演では、そこで生活を営む人々を通して、パリの素顔を紹介するよう努めました。
  都市社会の成り立ちという観点から見れば、パリという街にとって移民の歴史は大きな役割を担ってきました。ところで、フランス語で移民を意味する“immigrant”は、今日では外国人移民の意味で使われる場合がほとんどですが、厳密に言えば、「移動して流入してくる人」という意味でしかありません。つまり、単語自体に外国人という意味が自動的に含まれているわけではありません。因みに、19世紀のパリにおける移民とは、ブルターニュやオベールニュといった地方からパリへ出稼ぎのために上京してくるフランスの地方出身者のことでした。
  それが、20世紀に入り、ベルギー人やポーランド人、イタリア人、スペイン人、そして第1次大戦後、とりわけポルトガル人といった他のヨーロッパ諸国から移民が流れ込むようになります。そして、第2次大戦以降は、アルジェリア・モロッコ・チュニジアといったマグレブ諸国から、大量の移民がフランス、とりわけパリへと流入するようになっていきます。実は、この事が、以下に示すように、パリにおける一種の逆説的現象を生み出す一因となっていきます。と言うのも、パリという街は一方で、この40年間に間違いなくブルジョワ化しているのです。但し、ここで言う「ブルジョワ化」とは政治思想の意味ではなく、あくまで客観的な数値に表われる経済・社会現象の意味です。つまり、パリでは地代・家賃が高くなり、経済的に余裕の無い人が住みにくい街になっています。端的に言えば、低所得層の人々がパリの外、郊外へと出て、経済的に余裕のある人々がより多くパリに住むようになっているのです。ところが他方で、最も貧しい外国人移民の数がパリでは増えたのです。これは明らかな逆説的現象です。実は、こうした状況が生まれた要因として、家賃は安いが衛生及び設備面で劣悪な状態の住居があったのです。
  こうした人々をどのように社会に組み込んでいくのかという問題は、実は、パリのみでなくヨーロッパの大都市の多くが直面する課題となっています。そうした意味では、ヨーロッパの諸都市が共通に抱える問題にどのように取り組んでいくのか、パリが一つの実験場としての役割を担っているのかもしれません。
  最後に、講演を準備するにあたり、日本ではアメリカについての情報は比較的豊富にあるものの、パリについては余り知られていないのではないかと思っていました。ところが、講演の後で聴衆の方々から受けた質問には、かなり的確で鋭いものがあり、想像以上にパリのことをご存知の方がおられることに驚きました。そうした意味では、私自身にとっても学ぶことの多い経験でした。

 
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野田教授 小川教授 講演中の小川教授 講演中の服部教授
       
       
講演中の服部教授 講演中の服部教授    
 
 

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