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京都ノートルダム女子大学人間文化学科・人間文化専攻共催

報告 - 第三回 公開講演会を終えて

 

「比較古都論」(町のなりたち、人の往来) 平成19年10月20日

 

 

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講演1「万葉集『思京歌』を読む」  教授 堀 勝博

2007年10月20日(土) 13:00〜16:00

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万葉集には、平城京を思いしのぶ歌が散見するが、それらは、「平城(なら)の都を思ほゆるかも」などと言うのみで、具体的にどのような「京」への「思ひ」を詠んだものなのかについては、明らかにしない。注釈書の類を見ても、「平城京への思いを述べたもの」などと記されるばかりである。いっぽう、六朝や唐の漢詩文を見ると、望京・望郷の思いを表した場面において、都の妻や母が懐しい、友人に会いたい、中央に官途を得て栄達したい、天子のいます宮城が慕わしい、都には美人が多いなど、京洛をめぐるさまざまな感懐が具体的に披瀝されている。この点、万葉集の「思京歌」ではどうだったのか。

このことを探る上で手がかりとなるのは、それぞれの歌において、「思京」の心が抱懐されるにいたる契機となった景物である。「柳」「藤」「千鳥」「雪」「蝉」など、さまざまな景物に触れ、「思京」の心が惹起されているのであるが、これらの景物の表す意味について深く考えてみることで、従来不鮮明になっていた「思京歌」の心が見えてくるのではなかろうか。 たとえば、大伴四綱「やすみししわご大君の敷きませる国の中には京師し思ほゆ」や大伴家持「春の日に張れる柳を取り持ちて見れば京の大路し思ほゆ」などは、単に華やかな都市空間としての「京」への憧憬を述べた歌であると看取されるが、出雲守門部王「飫宇の海の河原の千鳥汝が鳴けば吾が佐保河の思ほゆらくに」では、「千鳥」が「妻呼ぶ」鳥であったことを考え合わせると、都の妻への思いを含意した歌であると考えてよかろう。また遣新羅使人歌の「石走るたきもとどろに鳴く蝉の声をし聞けば京師し思ほゆ」では、「蝉」が何故に「京師」への思いを発露させたのか、またそれはどのような思いだったのかについて従来不明確であったが、たとえば、玉台新詠所収の魏文帝「於清河見輓船士新婚與妻別」などを参考にすれば、やはり妻への思いを託した表現であったことが推定される。

大伴旅人「沫雪のほどろほどろに降りしけば平城の京師し思ほゆるかも」は、「思京歌」として名高い作であるが、上句の意味が不鮮明である上に、雪が「思京」とどうつながるのか、またそれはどのような思いであったのかについても確たることが言えず、諸説紛々たる解釈が行われている。本発表では、この点について、とりわけ詳しく考察し、その意味と心を明らかにした。

 
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看板とともに 受付にて 司会の服部教授 司会の服部教授
       
講演中の様子 講演中の様子 講演中の堀教授 講演中の堀教授
       
講演中の堀教授 講演中の相良学長 講演中の相良学長 講演中の相良学長
 
 

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