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京都ノートルダム女子大学人間文化学科・人間文化専攻共催

報告 - 第三回 公開講演会を終えて

 

「比較古都論」(町のなりたち、人の往来) 平成19年10月20日

 

 

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講演1「やつす都市 ――谷崎潤一郎の関東と関西」 本学准教授 長沼光彦

2008年11月15日(土) 13:00〜16:00

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講演中の長沼光彦准教授

「やつす」は「目立たぬ姿に変える」「痩せるほど切実に思う」「容姿をつくる」などが一般の意味ですが、江戸時代の文学や美術で「やつし」というと、昔の権威あるものを現代風に卑近にして表すことも言います。例えば、平安時代の小野小町を江戸の娘に置き換えて登場させた浮世絵があります。谷崎潤一郎は、日常生活に芸術的なイマジネーションをもたらすため、姿を変え見たてる、「やつし」をモチーフとする作品を描き続けた作家です。ただ、その都市の描き方は、東京と関西とで大きく異なります。

「秘密」(1911年)では、明治の東京、浅草を舞台に、人知れぬ場所に隠れ家を求め、女の姿にやつす男を描きます。男の隠れ家である浅草松葉町にある寺の下宿では、魔術や探偵小説などの書物と、須弥山図など宗教図絵が飾られ、幻想的な雰囲気を演出する。男は、東京の賑やかな雰囲気を避けて、夢想に耽る「秘密」の場所を創るのです。さらに男は、その「秘密」の気分によって、東京という都市を読み替える「やつし」を行います。 若き谷崎は東京を、日本の首都という顔の裏側に、幻想的な気分を隠した都市と見ているようです。街の裏側に見え隠れするのは、失われた江戸の残滓でもあったでしょう。近代都市の裏側に隠された幻像を、「やつし」により炙り出すわけです。

 

やがて谷崎は関東大震災を機に、関西へ移住し、大阪、兵庫、京都を舞台にした小説を発表します。古典を題材にした作品も書かれるので、「古典回帰」の時代とも呼ばれます。谷崎自身も、京都には東京で失われた古い日本の姿が残っている、という言葉を残しています。言わば、伝統や古典により日本を読み替える「やつし」を行ったのでしょう。

 

一方、「卍」(1929年)や「細雪」(1948年)など、現代の関西を舞台にした小説では、都市は単純に伝統と二重写しになるわけではありません。「卍」の主人公、柿内園子は、西宮の高級住宅地香櫨園に住まい、大阪今橋に事務所を構える弁護士の夫を持っています。そして、天王寺の女子技芸学校で出逢った、船場の羅紗問屋のお嬢様、徳光光子に翻弄されて、夢幻の世界に引き込まれていきます。光子が隠れ家とする笠屋町の宿屋は、人目を避ける場所にあるところなど「秘密」と似ています。しかし園子と光子は身を隠すばかりではありません。時には宝塚温泉や奈良の若草山に、大正頃から整備されてきた関西間をつなぐ電車の路線を利用して遊びに出かけます。

 

「細雪」にも蒔岡幸子一家が、住居を構える阪急蘆屋川から、京都へ出かけ、さらに嵐山電鉄を利用して花見に行く話が紹介されています。幸子夫婦と雪子、妙子の姉妹は、前日の夜に都踊りを見物して祗園の夜桜を見て、さらに翌日午前中に嵐山に出かけ、午後には平安神宮の神苑の桜を見るという、強行軍を行います。それは電鉄という交通網が整備された昭和期だから可能なことで、小説は単に古典美の世界に耽っているわけではありません。

 

これらの小説に現れてくるのは、関西というひとつのまとまった地域です。「卍」や「細雪」の世界は、古都京都だけでは成り立ちません。商業都市の大阪、新興住宅地の兵庫を含めた、三つの世界の往還が描かれているのです。江戸という新興都市は日本の唯一中心たらんとしてきましたが、古くからいくつもの都の器となってきた関西は、複数の文化的中心を持つ円環が重なっているのです。谷崎の描く関西の「やつし」は、その重なりの間を動いていくことです。東京のように隠れ家を探さなくとも、複数の円環を移動するうちに、過去や現在からイマジネーションの世界が立ち上がってくるのです。東京は身を隠す迷宮ような都市でしたが、関西は歩むごとに幻像と出逢う、境界のない野外劇場のような都市の連なりなのです。

 
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講演会看板 開会挨拶 長沼准教授の講演 質疑応答
       
司会の岡村教授 アンジェイ講師の講演 アンジェイ講師の講演 質疑応答
 
 

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