以下のエッセイは、東京出版発行の「大学への数学」の1998年5月号の巻頭言として書いたものです。

タイトル:「空想ゲーム」で文章力を身につけよう・・(吉田智子)

私の高校時代からは,早いもので20年近くたちましたが, あの頃好きだったこと(手芸など)は, やっぱり今も好きだし,苦手だったこと(スポーツなど)は,当然,今も苦手です. ほとんどがそんな感じなのですが,「文章を書く」ことの楽しさは, 高校を卒業してから気がついたことの一つで,6年ほど前に脱OLしてからは, コンピュータ関係の雑誌記事,書籍を書くことをメインの仕事にしています.

こういう仕事をしていると,学生の卒業論文の指導をしている大学の先生や, 新入社員の教育を担当している会社員の方から「近頃の若者は, きちんとした文章が書けない」という愚痴を聞かされることがあります。 彼らは,自分は昔から文章がバッチリ書けたと信じているようですが, ひょっとしたら彼らも高校時代は文章を書くのが好きではなかったかもしれません.

だいたい文章を書くということは,4択問題と比較して数十倍はめんどくさいし, 会話と比較しても数倍は難しいものです.鉛筆の芯の減り方, 消ゴムの使用頻度からしても,それは明らかです.その上,会話のように, 相手の反応を見ながら(キャッチボールをするように) 言葉を選ぶことができないという,基本的に孤独な作業です.楽しくないことは 避けて通りたいと思う者(当時の私?)がいても,不思議ではありませんよね.

しかも.高校時代に先生からの命令(試験や宿題)で書かされる文章(レポート) というのは,ほとんどの場合,読み手は先生だけです.その先生というのは, 学生が書いた文章を読んで感動するようなことは,残念ながら少ないのです. 先生は自分はすでに知っている内容をレポート課題として与えているのですから. これでは,書かされる側の学生に,書く熱意がわかなくて当然です.

しかし.大学などでは,研究の価値に見合うだけの論文を書かないといけないし, 会社員になれば,もらう給料に見合うだけの(?), 文章を生産しなければいけなくなります. やがて来るであろう「その時」に困らないためにも, 今からできることを始めておきませんか?


以下に,私が実践した(している), 文章力アップのための訓練法「空想ゲーム」を紹介させていただきましょう.

このゲームは,レポーターとなる自分が, ある用語を3人に別々に伝える姿を空想するというものです. 3人とは,自分に近い立場の人(たとえば親友),同じ国に住む小学生, 自分に最も遠い立場の人(たとえば宇宙人?) とし,3種類の台本を用意します.

例として,「自動券売機」という用語をレポートすることを空想してみましょう. 親友へのレポートは「○○駅の5台の自動券売機のうち, 回数券が買えるのは一番右の機械だけ」ですむかもしれませんが, 小学生への説明は,もっとていねいに書く必要があるでしょう. 宇宙人には,そもそも電車とは,切符とは,のあたりから順序だてて説明しないと, 自動券売機とは何かということを理解してもらえないかもしれません.

この「空想ゲーム」のよいところは,慣れてくると紙や鉛筆を必要としなくなる上に, 電車の中のようなたいくつな時間を利用すると, その時間があっという間に過ぎるということです.町中では, レポート・テーマの選択に困ることもありません. テーマを何にしようかなと思った瞬間に, ルーズソックスの女の子が目の前に立ったりしますから. 宇宙人向けのルーズソックスの説明文を考えるなんて, 想像しただけで楽しいでしょう.

常に「空想ゲーム」を続けていると,いざ何かを書かなければいけなくなった時に, ささっと頭の中に文章が浮かぶようになるはずです.まず最初に, 「今から書かないといけない文章は, 典型的な3人の読者のうちの誰に一番近いかな」と考えて, 文章の流れを決めるというわけです.

読み手が「ほぅ.なるほどね」と感動する姿まで空想できるようになると, ますます書く作業が楽しくなるものですよ.

<追伸>

この「空想ゲーム」を実践してくださる読者の中から,数年後, 大学の先生や会社の上司をギャフンと言わせるような文章を書く若者が現れますよ〜に。

(よしだ ともこ)

東京出版発行の「大学への数学」の1998年5月号の巻頭言

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Last modified: Mon Nov 10 12:20:03 JST 2014