京都ノートルダム女子大学人間文化学科

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人間文化学科
 
 

学科の学び

 

「残す」ということを歴史のなかで考える 

 

「資料の保存と国際協力プログラム」の授業から  (岡村)


人間の営みのなかで、文化の産物を後世に「残す」ということ、それは善き行為としてまずは肯定されることであろう。絵画や陶芸などの文物を博物館などが保存する、史跡・名勝を修復して残す、本や雑誌などの資料を図書館が後世に継承すること、などである。標題に掲げたこの授業では、もちろんそうした後世への「保存」への努力や技術・方法についても学んできた。


それでも長い人間の歴史になかにおいて、資料や文物は、そんなに順調に保存され継承されてきたわけではない。たとえば戦争のさなかには、保存とは逆に、破壊や焼失、略奪という行為もあった。ここに出した写真は、1932年1月の上海事変で爆撃された中国の有力な出版社で東方図書館も持っていた商務印書館である。戦争で破壊された資料や文物もあれば、それをくぐり抜けて現在まで生きながらえた資料や文物もある。

上海事変で爆撃された商務印書館(架蔵) 上海事変で爆撃された商務印書館(架蔵)


とはいってもまた、戦乱のさなかで保全の努力がなされた資料群もある。1931年9月の満洲事変のとき、奉天(現在の瀋陽)故宮の文溯閣に収蔵され保存されていた四庫全書が戦乱で焼失の危機に瀕した。そのおりに当時の満鉄奉天図書館の館長をしていた衞藤利夫は、関東軍司令部などに出向いてその四庫全書保護の方策をとってくれる様に訴え、結果的にはこれら資料群は焼失を免れて保全されることになった。
この衞藤の努力について、その後に書かれた衞藤の回想文を授業で読み合わせながら、学生諸君といっしょに検討してみた。この衞藤の対応や努力は賞賛されてしかるべき行為であったといってよいのだろうか。とりわけ歴史のなかに生きた衞藤という存在を考えた場合に。
満洲事変は日本が中国東北部に侵略しその後の満洲国建国につながる大事件であった。衞藤はと言えば、満鉄の経営する図書館の館長であった。この満鉄という会社は、日露戦争後に中国に進出していたさまざまに活動をした国策会社である。このように、歴史のなかに生きた個々人の努力、たとえばこの「保全」への努力といったものをいったいどのように評価したらよいのだろうか。難しい問題である。

現在の故宮文溯閣(2006年8月?岡村撮影)現在の故宮文溯閣(2006年8月 岡村撮影)


この満洲事変にともない、張学良の居宅であった大帥府は日本軍に接収され、翌年満洲国立奉天図書館が創設されることになる。この国立図書館では、奉天各所に在った公文書や貴重図書などを接収して整理・保存し研究活動を展開した。文字通り「満洲国」の国立図書館、公文書館としての機能を果たそうとしたのである。これも戦争のなかのいわばひとつの「資料の保存」、「資料を残す」、という営為であったと言うことができるのであろうか。


つぎの写真は、満洲事変の後に、関東軍が張学良邸の大帥府から彼の私物を運び出しているものである。当時の日本側の出版物(『満蒙事変写真帖』)の説明文には、張学良に私物を返還するための搬出であったとある。現在の中国側の説明は、関東軍が張学良の私物を略奪している写真とする。この説明文をわたしは、現在張氏帥府博物館となっているこの博物館の展示のキャプションを読んだ記憶がある。
このように写真ひとつをとっても、それは、まったく逆の解釈や読み方ができるということになるというわけだ。心してかからねばならないと思う。

張学良邸から私物を搬出(『満蒙事変写真帖』)張学良邸から私物を搬出(『満蒙事変写真帖』)


さらに授業では、中国(清朝)の植民地化が確実になっていく契機となった1857年のアロー号事件や1900年義和団の乱における清朝の文物・宝物の略奪事情などについても取り上げた。そしてそれらが現在、世界各国にさまざまに所蔵されている状況や、また闇ルートをふくめて、それらが近年香港などでオークションにかけられ、時に中国の豪商らの手で落札されている事情なども紹介した。
たまたま今年に入って、オークションにかけられたイブ・サンローランのコレクションのなかに、このアロー号事件の時の略奪品が含まれていることが新聞やテレビなどで大きく報じられることになった。授業をよく聞いてくれた諸君は、おそらくこの関連性に気づいてくれたと思う。
そしてまた、これら一連の報道の中ではほとんど触れられることがなかったこと、それは1995年に採択されたユニドロワ条約という国際条約のことである。これは盗取されまた不法に輸出された文化財の返還についての国際条約である。「盗取された文化財」が「返還」されなければならないというこの条約の理念が現実に実行に移されるということはどういうことなのだろうか。返還をしなければならないということであろうか。予想されることであるが、わが国をはじめ欧米諸国ではまだこの「盗取されまた不法に輸出された文化財の返還」についてのユニドロワ条約は批准されてはいない。この条約についても授業ではふれたし、論述試験の問題にもした。


授業では、中国からの留学生も幾人か参加してくれ、現実に起こった事件や事態の困難さ複雑さについてともに考えた。歴史的な過程で略奪された文物や資料などを、現在になって実際にオークションなどで落札し、もと在った国の所有物として取り返すこと、つまり中国に買い戻すという行為をいったいどのように考えたらよいのか、どう評価したらよいのか、なかなか難しい問題ではある。


わたしたち人間文化学科には、「集める、出かける、残す、伝える」という一連の学びのスタイルがある。このうち、たとえば「集める」という営為を今一度激動の歴史のなかで具体的な事例を取上げながら検討してみると、深く考えさせられる出来事が数多く存在していることがよくわかるのである。
簡単には答えのでない事象ではあるが、歴史的な事実を学び実証を重ねながら整理して考察してみること、そのような思考力を学生諸君ともども身につけたいものだと考えながら、この「資料の保存と国際協力プログラム」の授業をおこなっていったのであった。

(岡村敬二)

 

 
 
 
 
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