令和3年度　卒業式式辞　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2022年3月12日

 皆さん、ご卒業おめでとうございます。
 ご家族の皆様にも心より御慶び申し上げます。
 昨年度に引き続き、制約を伴っての卒業式となりました。
 皆さんの4年間の大学生活の、後半2年は断続的に感染拡大を繰り返すcovid-19との闘いの連続でした。manabaを使いこなし、zoomを経験しながら自宅で大学授業を受ける日々の中で、時間や体調、自分の気持ちなどの自己管理の重要性を痛感したはずです。就職に向けて準備を始めようとしていた矢先のcovid-19の来襲は、皆さんの就活を大きく狂わせたことでしょう。支援するキャリアセンターも対応に苦慮しました。

 キャリアセンターを中心にして、本学がキャリア教育を本格化させてからちょうど10年。センター立ち上げに関わり、初代センター長を務めた私が、本学のキャリア教育として考えた事は、職業キャリアに限定しない、「ライフキャリア」という概念を基盤に据えることでした。

 「ライフキャリア」のライフには、３つの意味を含みます。１つは生活としてのライフ、2つ目は人の一生、生涯としてのライフ、最後に生き方としてのライフです。日常生活の経験の積み重ねによって、人は考え成長していくとともに、日常生活における出来事がキャリアについて考えるきっかけをもたらし、その方向が決まっていく。その連続が生涯となり、蓄積によって人のキャリアが形作られる。逆にその最終的に行きつく生涯を思い描いて、日々の生活に目的を据え、大切に営んでいく。それが生き方の基本であると捉えるのです。

 オンライン授業にあけくれた日々に感じた不安や閉塞感を自分自身でコントロールし、ままならない就活で何とか結果を出そうともがいた経験は、すべて皆さんの成長とキャリアにつながっていくわけです。成功経験はいっそうの意欲と勇気をもたらす一方、失敗や挫折も、人としての成長やキャリアにとってかけがえのない何かをもたらすでしょう。

 2021年、皆さんが思うままにならない就活にもがいていた9月、ドイツ初の女性首相として16年間にわたり、国を治めヨーロッパのリーダーとして多大な業績をあげたアンゲラ・メルケルが政界を去りました。ドイツのメルケル元首相の名前くらいは皆さんもご存じでしょう。長期にわたり、民主的で透明性ある手法で大国ドイツを率いるだけでなく、ヨーロッパを先導する堂々たる女性リーダーでした。引退直後に出た彼女の評伝を読んで心打たれたことがあります。

 退任前に受けたインタヴューで、「50年後の歴史書にどんなふうに書かれたいですか？」と聞かれたメルケル元首相は「彼女は労をいとわなかった」と書かれたいと一言答えたそうです。賛否両論はあるものの、福島の原発事故をきっかけに明確に脱原発に舵を切り、難民問題が深刻化してなおドイツに100万人の難民受け入れを決断し、コロナ禍では科学を尊重し率直なことばで国民に対策への協力を呼びかけ信頼を得た、その数々の業績や政治家としての指導力、手腕などではなく、「労をいとわない」という、人としての普通の行いをあげたのです。そのことばには、政治的野心やグローバルな名声以上に、人としての生き方を大事にするメルケル元首相の価値観が表れているといえます。

 会社で成果を出す、事業を成し遂げる、特定分野で名声をあげる、皆さんが社会に出てキャリアを築くうえで、このような野心や意欲は大事です。どちらかというと控えめな皆さんですが、大いに高い目標を掲げていただきたい。ですが一方で、ライフキャリアが示す、日々の生活やその積み重ねとしての生涯、そして生き方、それに真摯に向き合っていただきたいと思います。「労をいとわない」あるいは「何に対しても誠実に生きる」その姿勢での毎日の積み重ねこそが、あなたのキャリアです。本学のミッションコミットメント「尊ぶ」「対話する」「共感する」「行動する」が、皆さんの拠り所になるに違いありません。

 このcovid-19の脅威に私たちはもうしばらく翻弄されるでしょう。地球環境はいよいよ瀕死の状態となりつつあります。日本では今後も自然災害に繰り返し見舞われることでしょう。社会には経済格差やジェンダーギャップの問題も横たわります。その渦中に出ていく皆さんは、自己のライフキャリアに向き合い、誠実に生きてください。結果としてささやかでも社会へ何らかの貢献をすることで、豊かな人生を獲得されますことを願っています。

2022年3月12日
京都ノートルダム女子大学
学長　中村　久美