こども教育学科

「ごんぎつね」が読めない子どもたち?

2023-12-15
学科のまなび

 近年,国語研究界隈で話題になっている書籍『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(石井光太著,文藝春秋,2022)。同書の序章では,著者が参観した国語の授業が紹介されています。教材はかの有名な「ごんぎつね」ですので,あらすじは省きますが,兵十の母親の葬儀の場面で,子どもから驚くべき発言が飛び出したそうです。兵十の家の前では村の女性が大きな鍋で何かを煮ているという叙述があるのですが,先生が「何を煮ているのか」と発問したところ,多くの子どもは真面目に「兵十の母の死体を消毒している」「死体を煮て溶かしている」と発言したそうです。文脈に沿えば,煮ているのは当然,参列者にふるまう料理です。この授業場面から,著者は,こうした子どもには,気持ちの想像力や物語の背景を思い描く力が欠けていると指摘します。

 授業を参観するとき,ある一つの事象から様々な考察がなされます。著者は,前述のように考えました。あなたは,何を考えますか。例えば,子どもの発言の背景は考えましたか。もしかしたら,コロナ禍を経験した子どもには,何かを触る度に消毒,殺菌するという既有知識があり,経験と関連付けて文章を読んだのかもしれません。あるいは,学習過程を考えましたか。「何を煮ているのか」という発問は本当に必要だったのでしょうか。

 何かの一コマを見て,その欠点を指摘することは簡単です。しかし,教師を目指そうとする人には,多角的・多面的なものの見方や考え方で,物事を捉えてほしいものです。

廣口知世

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